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光受寺通信を文章でよむ

 

光受寺通信を「文章で読みたい」とリクエストがございましたので、
「住職のはじめの一節(序文)を」
そのまま文章でもお楽しみいただけるように追加ページを作成いたしました。

   
  • 2018年12月07日執筆
  • 空過

    今年もまもなく過ぎ去ろうとしています。皆さまとって今年はどのような一年であったのでしょうか。私はどんな状況にあろうとも、今生きて居られることへの喜びと感謝の思いを持って生きられることを願って一日一日を過ごしているつもりなのですが、なかなか簡単なことではないようです。すべてが「あたりまえ」になりつつある世の中にあって、ただぼんやりと「あたりまえ」を享受して生きているだけだったような気がしてならないのです。

    空過。そんな一年がまもなく過ぎ去ろうとしています。「いたずらにあかし、むなしく月日をおくりて・・・」。お文(2帖の12)がしみじみと思い浮かんでくることです。


     

  • 2018年11月07日執筆
  • 報恩講への思い

    そろそろ「報恩講」のことが頭をかすめる時期となり、心の準備を調えていかなければならない。そう思っていたある日の朝、月命日にお伺いしたお宅で、私と同じ思いでいてくださるご門徒さんがいてくださいました。

    「おはようございます」。その方は、雲一つない青空の下(もと)庭先の畑で「だちきり」(土の表面の草を削り取る農具)で草掻きをしていらっしゃいました。病弱でとても畑仕事ができる体ではないと思っていましたが、意外にも畑に立っていらっしゃったのです。「大丈夫ですか?」。青々とした大根の葉や、サトイモの育つ中で、「ええ、今年も「報恩講」にお供えができるよう、少しずつですがやっています」と。私は思わぬ言葉に驚きましたが、改めて多くの人に支えられながらの「報恩講」なのだと、有難くもあり、大変心強くも思われましたことでした。

    本山では親鸞聖人の御命日に合わせて11月22日から28日まで報恩講が営まれます。また全国の末寺でも、この前後の期間には報恩講が営まれるもっとも重要な法要です。この日に合わせ、ご門徒が芋や、大根、蓮根などを持ち寄り一汁三菜のお斎(とき)を作るのです。お斎は持ち寄った者と分け合っていただく者との思いが重なる尊い食事です。光受寺もこの方をはじめとして、多くのご門徒の方々の思いが届けられ、多くの方々のお力によって今年も報恩講が勤められると思うと、感慨深く思われます。


     

  • 2018年10月03日執筆
  • それって本当?

    最近、あるテレビ番組でマナーの良し悪しを扱っていたが、葬儀のマナーでは「驚くようなマナー」が飛び出してきたのには驚かされてしまった。もちろん宗教、宗派によっても違ってくることは分かってはいるが、「悲しそうな顔をする」などは当たり前と言えば当たり前だが、「ふりをせよ」ということなのだろうか。また焼香の作法も真宗では決して香をいなだいたりはしないし、焼香の後は香の乱れを整えることも、後に続く人のために大事な作法になってくる。一礼から始まり最後の合掌に至るまでのほとんどが真宗とは異なる例であった。導師のいる場所も、親族と会葬者との作法も異なってくる。もし、こういう項目についての作法を取り上げるとするならば、宗教、宗派を明白にした方が良いと思われる。けしてあの作法が一般的ではないし、あれが正しい作法として流布することを危惧するのである。

    また来賓の挨拶にも驚かされることが多い。一例をあげれば「安らかにお眠りください」である。

    眠っているのだったら起きてきてほしいしと思うし、安らかに眠っていてもらわないと困る訳でもあるのかな?などと思ってしまう。

    とかくこういう場においては、人間の思いを中心に据えて発する言葉が多いのですが、一度仏法を尋ねてみる(相手の宗教に合わせて)ことも、事に臨む前の大切なマナーだと思われるのだが、いかがなものだろうか。


     

  • 2018年08月31日執筆

  • 秋の永代経

    この夏、私たち夫婦は、およそ30年ぶりに一泊二日の旅行に出かけました。日ごろはお寺の宿命みたいなもので、夫婦で家を空けることは難しいのです。しかし今回は、幸い若院に寺役を任せられるようになりましたので、思い切って出かけることにいたしました。行先は信州方面でしたが、7月末のあの暑さには閉口させられてしまいました。

    まずは善光寺へ。親鸞聖人が越後から関東へ向かわれた途中、ここ善光寺に100日ほど滞在されということです。爪で彫られたという石仏の阿弥陀如来は少し離れたところの小さな御堂に安置されていましたが、外からは確認できませんでした。石を爪で?眼病治療の信仰がある?とか少々疑問に思われるところあるのですが、法然亡き後、関東布教への思いを固めた大切な場所ではなかったかと思われ、感慨を深めたことでした。本尊に松の枝をお供えされる聖人の銅像もあって、縁の深さが感じられた場所でした。

    松代城跡や上田城跡等スケジュールはきつかったのですが、長野の道路はとても走りやすく疲れを感じることはありませんでした。ほぼ思い付きの旅でしたが、「これが最後の旅かも知れないね」。の妻の言葉に、「確かにそうかも知れない」。と、少々しんみりいたしました。

    次回があるならば、聖人が越後に流罪になられ、船で降り立たれたという居多ケ浜(ことがはま)を是非とも訪れてみたいと思っています。聖人は「海」という言葉を比喩としてよく使われていますが、ここ日本海の厳しい海を思い起こしてのことではないでしょうか。「本眼力にあいぬれば むなしくすぐるひとぞなき 功徳の宝海みちみちて 煩悩の濁水へだてなし」 (高僧和讃)

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