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光受寺通信を文章でよむ

 

光受寺通信を「文章で読みたい」とリクエストがございましたので、
「住職のはじめの一節(序文)を」
そのまま文章でもお楽しみいただけるように追加ページを作成いたしました。

   
  • 2021年01月02日執筆
  • 人生百年時代の到来。私は今年で74歳になるが、あと二十数年生きられると思うと、何の保証はないものの何となく希望が持てるような気がしてうれしくなる。全国では百歳以上が8万人を超え、しかも年々それは増加傾向にあるというのだから。

    しかし私は思う、この20年をどう生きるかが大問題なのではないかと。最近、「健康寿命」が話題になっているが、残念ながら私は健康には全く自信がない。血圧は驚くほど高く、中性脂肪も悪玉コレストロールもたっぷりと体に蓄えている。これではとても長生きはできそうにない。医者へ通ってはいるが、いずれにしても私には「健康で長生き」の条件には全く当てはまらないようだ。

    さて、あと何年。「どう生きるか」が私にとって最大の課題である。今までの人生では反省することも悔いることも多々あるが、住職として歩み始めてからの人生では悔いることはほとんど思い当たらないでいる。寺の活性化に取り組み、様々な試みを実践していた頃は、とても充実した人生を送っていたように思える。多くの人と出会い、同じ方向を向いて、ともに歩んできた人生での経験は、今の私を支える基盤ともなっている。

    「去年今年貫く棒の如きもの」(高浜虚子)。今年もまたこんな思いで生きて行くことになるのだろうが、仏法に生かされていく人生を皆様と共に確かめ合いながら生きて行けたらと思っている。

  • 2020年12月04日執筆
  • 今年一年も何人かのご門徒の皆様がお亡くなりになられました。それぞれにそれぞれの人生を全うされ、お浄土へと還られました。

    さて近年では葬儀のほぼ百パーセントが葬儀会館で行われるようになってしまいました。ここ2~30年の間にはすっかり自宅葬は姿を消し、地元のコミュニティセンターを使っての葬儀もすっかりなくなってしまいました。かつては「自宅から出してやりたい」という家族の思いが、となり近所の「おたがいさま」の思いに支えられ、共に悲しみを分かち合いながら心のこもった葬儀を執りおこなってきたものでした。

    しかし核家族化や高齢化が進み、経済が豊かになるとともに働き手ばかりの社会となり、お金さえあれば葬儀業者に任せたほうが、面倒なことも少なく、気づかいもないといったことが主な原因となったのでしょうか、しかもそのほとんどが家族葬、あるいは親族葬となってしまいました。

    こうなってしまったことが良いとか悪とかの話ではないのですが、現代社会の人間関係の希薄さが、加速度的に浸透していくことに何とも言えない淋しさを覚えてしまうのです。

    道一本挟んでの「死」にも気づかないほどの近所付き合いの希薄さに、「人生」って何だろうと考えさせられてしまうのです。「向こう三軒両隣」は遠い昔の話となってしまいました。

  • 2020年11月01日執筆
  • ライフスタイルが変わる


    今年も残りわずかなってまいりましたが、どうやらコロナに始まりコロナで終わっていく一年に
    なりそうです。またコロナ対策と経済対策との狭間で大変な苦労が強いられた一年でもありまし
    た。否応なしにライフスタイルが見直されることとなり、日常生活が過ごしやすくなったのかどう
    かは、受け止め方によってずいぶんと差も出てくることでしょう。ただ心配されるのは人と人との
    関り方が今まで以上に希薄になりはしないかということです。
    先日ある方がコロナ禍で職を失い、新たに職を求めるために職安を通して紹介していただいた
    そうです。職場からの連絡では、オンラインでの面接を行うことになったそうです。しかし、オンラ
    インには不慣れなこともあり、むりやり直接の面接をお願いしたのだそうです。
    確かに企業側からすればコロナ対策と、効率化のためなのかもしれませんが、求職者側からす
    れば、それで私を理解していただくのに充分なのだろうかという不安があったと言います。後日、
    40 分ほどの面接があったようですが、相互に十分納得がいく話ができたと話されました。そして
    二日後には見事採用の通知を受けられたそうです。
    今後の私たちのライフスタイルもコロナ禍によって大きく変わってくるように思われますが、人
    と人との関り方には大きな課題が残るのではないかと思われるのです。
    ハリヨ

  • 2020年09月30日執筆
  • AIは幸せをもたらすか

    AI(人工知能)やロボットの進化によって2045~2060年頃には、全人口の一割ぐらいしか労働をしない「脱労働社会」がやってくると予想しているのは駒澤大学准教授、井上智洋さん。そこで心配されるのが適切な社会保障制度が整っていなければ、多くの人は収入を失い、飢え死にをするしかないということから「ベーシックインカム」(すべての人に最低限の生活費を無条件に支給する)が不可欠だと主張する。また「働いて役に立つことが人間の唯一の価値だと思い込んでいる人」にとっては価値観の転換がいや応なしに突き詰められてくるという。

    脱労働化が進み、生きるために働く必要がなくなれば、「自分とは何か」、「生きるとは、死ぬとは」と、根源的な思索に向かう人が増えていくことになるのであろう。私たちはみな間違いなく幸せを求めてひたすらに生きてきたはずだが、今の自分が心から喜べる身になっているのかどうか大いに疑問に思うところである。

    若くして命を絶った有名な俳優さんがいたが、他人から見れば、とても充実した人生のように思えていたものだが、当人の心には周りからは見えない深い闇が潜んでいたのだろうか。生きることの困難さの姿かたちは変われども、心の問題は今も昔も質的には何も変わらないということなのだろう。今こそ仏法に心傾け、阿弥陀様の明るい光に照らされて、迷いの人生から共に目覚めていける人生にしていこうではないか。


     

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