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光受寺通信を文章でよむ

 

光受寺通信を「文章で読みたい」とリクエストがございましたので、
「住職のはじめの一節(序文)を」
そのまま文章でもお楽しみいただけるように追加ページを作成いたしました。

   
  • 2020年09月30日執筆
  • AIは幸せをもたらすか

    AI(人工知能)やロボットの進化によって2045~2060年頃には、全人口の一割ぐらいしか労働をしない「脱労働社会」がやってくると予想しているのは駒澤大学准教授、井上智洋さん。そこで心配されるのが適切な社会保障制度が整っていなければ、多くの人は収入を失い、飢え死にをするしかないということから「ベーシックインカム」(すべての人に最低限の生活費を無条件に支給する)が不可欠だと主張する。また「働いて役に立つことが人間の唯一の価値だと思い込んでいる人」にとっては価値観の転換がいや応なしに突き詰められてくるという。

    脱労働化が進み、生きるために働く必要がなくなれば、「自分とは何か」、「生きるとは、死ぬとは」と、根源的な思索に向かう人が増えていくことになるのであろう。私たちはみな間違いなく幸せを求めてひたすらに生きてきたはずだが、今の自分が心から喜べる身になっているのかどうか大いに疑問に思うところである。

    若くして命を絶った有名な俳優さんがいたが、他人から見れば、とても充実した人生のように思えていたものだが、当人の心には周りからは見えない深い闇が潜んでいたのだろうか。生きることの困難さの姿かたちは変われども、心の問題は今も昔も質的には何も変わらないということなのだろう。今こそ仏法に心傾け、阿弥陀様の明るい光に照らされて、迷いの人生から共に目覚めていける人生にしていこうではないか。


     

  • 2020年09月10日執筆
  • 老いの自覚

    「狐につままれたよう体験」を、ごく最近の私は2度も経験した。ひとつめは貯金通帳を紛失した
    一件である。所定の場所から突然通帳が消えてしまったのだ。わずかな金額ではあるが、妻にも見
    られたくない多少後ろめたさのある通帳であることから、あまり大騒ぎもできず、記憶をたどりな
    がら、一人でこそこそと探し続けてみたが、さっぱりであった。(完全紛失)
    今一つはその日のうちに無くした一枚の書類の一件である。内容はおおよそ読んではいたので
    問題はなかったが、確かに先ほどはここで、と思って探してみてが、とうとう見つからないままであ
    った。
    その後も、それとなく気がかりで、あちこちと探していたが、いずれも紛失確定の模様となった。
    まさに「狐につままれている」ような気分である。一方ではこれはまさかの病気か?との思いも沸
    き起こり、すっかりふさいだ気分になってしまっている。
    数年前には夫婦の間で、互いの「ど忘れ喧嘩」がよくあったが、もしかしてあれが前兆だったのか
    もしれないなと思ったりもしている。いずれにせよこれは老いの現実であり、着実に老化が進んで
    いるということなのだろう。今年の夏は格別に暑かったが、私にとっては切実に「老いの自覚」をさ
    せられた晩秋のような夏となった。 ━「絶対は、絶対にはあり得ない」ということか。━


     

  • 2020年08月09日執筆
  • 今一度幸せのあり方を見つめてみたい。

    クレジットカードに電子マネー、おサイフケータイと、現金を持ち歩かないでお買い物ができるという、とても便利な時代となったようだ。これを「クレカライフ」というのだそうだ。決して自慢できることではないが、私はいずれの物も所有してはいない。携帯さえ未だガラケイである。

    その理由は明瞭で、今のところ何の不自由も感じていないからである。しかし、反面めんどうくさいと思うことは多くなってきた。買い物をする際、いちいち「何かカード」お持ちですかと聞かれることだ。ポイントが付くとか付かないとかどうでもよいから、その場でその分安くしてほしいのが本音である。携帯を持ったのも公衆電話が激減し、急な連絡に困ったことがあってからだが、携帯がなければ無いように済んでいったような事であったように思う。

    今ではもうこれ以上の便利さは何も求めてはいない。

    しかし世の中はこれで落ち着いてはいられないのが常のようある。次々と新しい仕掛けが持ち掛けられ、今では無人化のコンビニへの移行が考えられているそうだ。IT革命とかなんとか言われ、それが豊かで明るい未来を象徴するかのように思わされるのは「まっぴらごめん」である。

    裏と表は表裏一体。便利な分だけ空恐ろしい事実が潜んでいることを忘れてはならない。世の多くの事件も裏を巧みに利用した事件が多いことに気付かされてくるではないか。その対策から、その対策へ尽きることのない負の連鎖は続くことになる。  ―変わらぬ幸せを願ってー


     

  • 2020年07月08日執筆
  • 「断捨離」

    「コロナウイルス」もようやく終息を迎えようとはしているのですが、感染の第2波・第3波の到来が懸念されるところです。それにしても世界では数十万人、日本だけでも1000人近くの人がお亡くなりになり、心を痛めずにはいられません。心より哀悼の意を表します。

    さて今回の「コロナ」問題では、改めて私たちの日常を見つめ直す機会にもなったのではないかと思います。政治や経済にまつわる問題点も浮き彫りとなりましたが、何よりも当たり前の日常が、当たり前ではなかったことの自覚が生まれたことは、私たちのこれからの人生に大きな課題が与えられたような気がしてまいります。

    ところで今回のコロナ騒動の中、「断捨離」という言葉をよく耳にしました。仏教用語のようにも思えますが、どうやら「ヨガの思想」であるようです。聞き始めの頃は「不要なものを捨てる」ことぐらいに思っていたのですが、「ただ物を捨てるということだけではなくて、物との関係性を問い直すことで、住まいを片付けると同じように心も片付けていくということだ」と、作家やましたひでこ氏は説いておられます。我が家も先行きの事を考え少し「断捨離」に取り掛かかることにいたしました。一つひとつの物と向き合い懐かしみながら、「思い出」を心に折りたたむように整理し、物との決別をしたことでした。

    これはまた、私にとって「もったいない」との葛藤での「断捨離」でもありました。


     

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