Communication

   

光受寺通信を文章でよむ

 

光受寺通信を「文章で読みたい」とリクエストがございましたので、
「住職のはじめの一節(序文)を」
そのまま文章でもお楽しみいただけるように追加ページを作成いたしました。

   
  • 2020年08月09日執筆
  • 今一度幸せのあり方を見つめてみたい。

    クレジットカードに電子マネー、おサイフケータイと、現金を持ち歩かないでお買い物ができるという、とても便利な時代となったようだ。これを「クレカライフ」というのだそうだ。決して自慢できることではないが、私はいずれの物も所有してはいない。携帯さえ未だガラケイである。

    その理由は明瞭で、今のところ何の不自由も感じていないからである。しかし、反面めんどうくさいと思うことは多くなってきた。買い物をする際、いちいち「何かカード」お持ちですかと聞かれることだ。ポイントが付くとか付かないとかどうでもよいから、その場でその分安くしてほしいのが本音である。携帯を持ったのも公衆電話が激減し、急な連絡に困ったことがあってからだが、携帯がなければ無いように済んでいったような事であったように思う。

    今ではもうこれ以上の便利さは何も求めてはいない。

    しかし世の中はこれで落ち着いてはいられないのが常のようある。次々と新しい仕掛けが持ち掛けられ、今では無人化のコンビニへの移行が考えられているそうだ。IT革命とかなんとか言われ、それが豊かで明るい未来を象徴するかのように思わされるのは「まっぴらごめん」である。

    裏と表は表裏一体。便利な分だけ空恐ろしい事実が潜んでいることを忘れてはならない。世の多くの事件も裏を巧みに利用した事件が多いことに気付かされてくるではないか。その対策から、その対策へ尽きることのない負の連鎖は続くことになる。  ―変わらぬ幸せを願ってー


     

  • 2020年07月08日執筆
  • 「断捨離」

    「コロナウイルス」もようやく終息を迎えようとはしているのですが、感染の第2波・第3波の到来が懸念されるところです。それにしても世界では数十万人、日本だけでも1000人近くの人がお亡くなりになり、心を痛めずにはいられません。心より哀悼の意を表します。

    さて今回の「コロナ」問題では、改めて私たちの日常を見つめ直す機会にもなったのではないかと思います。政治や経済にまつわる問題点も浮き彫りとなりましたが、何よりも当たり前の日常が、当たり前ではなかったことの自覚が生まれたことは、私たちのこれからの人生に大きな課題が与えられたような気がしてまいります。

    ところで今回のコロナ騒動の中、「断捨離」という言葉をよく耳にしました。仏教用語のようにも思えますが、どうやら「ヨガの思想」であるようです。聞き始めの頃は「不要なものを捨てる」ことぐらいに思っていたのですが、「ただ物を捨てるということだけではなくて、物との関係性を問い直すことで、住まいを片付けると同じように心も片付けていくということだ」と、作家やましたひでこ氏は説いておられます。我が家も先行きの事を考え少し「断捨離」に取り掛かかることにいたしました。一つひとつの物と向き合い懐かしみながら、「思い出」を心に折りたたむように整理し、物との決別をしたことでした。

    これはまた、私にとって「もったいない」との葛藤での「断捨離」でもありました。


     

  • 2020年06月05日執筆
  • やっと人間になってきたような気がする。

    「病気になってありがとう。やっと人間になってきたような気がする」。そう話すのは、NHK番組27アワーで突然インタビューされたおばあさん。生地とボタンを豊富にそろえてあるお店で、熱心に生地を選んでいた人。趣味で始めた手縫いのものづくり、今日はカバンの持ち手の生地を選んでいるのだと話していた。次々と膨らむ思いを語るおばあさんの目は輝いていた。

    どうやらこのおばあさん、癌の治療中だということが分かったが、何気なく話され何気なく流されていった「癌になってありがとう」「やっと人間になってきたような気がする」という言葉に、おばあさんの確信めいた深い人生観を感じ取ることができた。

    それは「癌」という縁によって「人間になってきたような気がする」と受け止められる世界が開けてきたということであろう。また、それは煩悩を捨てきれない救われようのない自分であったという目覚めでもあるのだろう。自力ではどうにもならない世界から、「ほとけさまのおはたらきのままに」への思いが、きっと病苦を開放し今の一瞬を感謝し喜びをもって生きる姿に変えられたのであろう。あの笑顔が、そう物語っていたように私には思えた。

    ここ「生地とボタンの店」には多くの人が訪れてくる。500万種のボタンの中から、「私らしさを探す」と言っている人もいたが、みんな自分探しの旅を一生続けていくのかもしれない。


     

  • 2020年05月05日執筆
  • 共存への道

    今年の2月号でコロナウイルスを話題にしたが、どうやら最悪の状況になってきたようだ。終息するどころか拡大し続ける脅威は尋常ではない。地球規模での感染は人類の滅亡をも想起させてしまうほどだ。

    世界はあれやこれやと対策に追われてはいるが、マスクひとつが自由にならないという現実は、先が見えない不安に拍車をかけてくる。有効な治療法が見つからないままの手探りの予防に明け暮れる毎日の心労は嵩むばかりである。

     

    今一番望まれることは、一刻も早く有効なワクチンが開発され、落ち着いた日常を取り戻すことであろうが、コロナウイルスが消えてなくなるわけではないだろう。かつてサーズやエイズがそうであったように、共存するための道を歩んでいくしか方法はないかと思われる。数百種類あるというウイルスの種類、様々に変容をしながら生き続けているともいう。新型コロナもまさにその一つなのであろう。

     

    万物の霊長として言われる私たち人間。その人間は同時に自然を壊し続け、地球上の生物の命を脅かし続ける人間でもある。その自覚のないまま将来において、地球上の一生物として生き残れるものであろうか。今この危機的状況の中において驕りを捨て、あらゆる生物との共存のための努力こそ、私たち人間に求められている最重要課題ではないかと、考えさせられたことだった。


     

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