Communication

   

光受寺通信を文章でよむ

 

光受寺通信を「文章で読みたい」とリクエストがございましたので、
「住職のはじめの一節(序文)を」
そのまま文章でもお楽しみいただけるように追加ページを作成いたしました。

   
  • 2020年05月05日執筆
  • 今年の2月号でコロナウイルスを話題にしたが、どうやら最悪の状況になってきたようだ。終息するどころか拡大し続ける脅威は尋常ではない。地球規模での感染は人類の滅亡をも想起させてしまうほどだ。

    世界はあれやこれやと対策に追われてはいるが、マスクひとつが自由にならないという現実は、先が見えない不安に拍車をかけてくる。有効な治療法が見つからないままの手探りの予防に明け暮れる毎日の心労は嵩むばかりである。

     

    今一番望まれることは、一刻も早く有効なワクチンが開発され、落ち着いた日常を取り戻すことであろうが、コロナウイルスが消えてなくなるわけではないだろう。かつてサーズやエイズがそうであったように、共存するための道を歩んでいくしか方法はないかと思われる。数百種類あるというウイルスの種類、様々に変容をしながら生き続けているともいう。新型コロナもまさにその一つなのであろう。

     

    万物の霊長として言われる私たち人間。その人間は同時に自然を壊し続け、地球上の生物の命を脅かし続ける人間でもある。その自覚のないまま将来において、地球上の一生物として生き残れるものであろうか。今この危機的状況の中において驕りを捨て、あらゆる生物との共存のための努力こそ、私たち人間に求められている最重要課題ではないかと、考えさせられたことだった。

  • 2020年04月08日執筆
  • ある新聞記事に「模擬葬儀」で自分探しという記事が掲載されていた。目的は自分にとって「本当に大切なもの」は何かに気づくことらしい。自分の死と向き合うことで、残りの人生の見え方が変わるというものなのだ。

    「死と向き合う」ことの設定がどうなされるのか非常に興味深いところではあるが、人生の終わりがみえると、そこで初めて手放したくないもの、本当に大切な何かに気づくと押さえられている。しかし、現実に死に直面することと、仮定とではかなり異なる結果しか見えてこないように思えるのだ。

    人生の終わりをみるというよりも、私たちは日常から「いつどうなるか分からない人生を生きているのだ」ということを心から頷いていくことではないかと思っている。

    かつて終活によって実際に棺桶に入って気分を味わったりしている映像も流れていたことを思い出すが、多分に気分的で気休めのようにしか思えなかった。仏法ではやがてやって来るだろう人生の終わりを言っているわけではない。まさに「我やさき、人やさき、今日とも知らず、明日とも知らず」なのである。このことをよくよく心して生きるところに自ずから「大切なこと」も知らしめられてくるのではないだろうか。

  • 2020年03月05日執筆
  • 素の力で。

    昨年から今年にかけて、あの厚底靴が話題となった。それもそのはず陸上長距離界で世界記録の更新が続出したからだ。もしや靴効果?確かに記録者保持者の多くはこの靴を履いての記録であるという。東京オリンピックでこの靴の使用が認められるか否かも話題となったが、世界陸連は流通している靴については認めるという結論を出した。記録への挑戦は、科学への挑戦と共にあるという悩ましい問題でもある。

    かつて1960年ローマオリンピックで当時の世界新記録を樹立したエチオピアのアベベ選手は「はだし」での参加だったという。もちろん靴の紐が切れるというアクシデントがあったからだが、2時間15分16秒2という記録は、現在の世界記録からすると10分前後のタイム差はあるものの、見事な記録であった。彼はその後の東京オリンピックでも32歳での金メダルの2連覇を成し遂げたのだった。ただしこの時は「はだし」ではなかったが、2時間12分11秒2だったということである。

    ところで、日本には「裸一貫」という言葉があるが、「相撲」はまさに裸一貫で行うスポーツだと言える。「ふんどし」ひとつで、ごまかしのない素の実力の世界を楽しませてくれるスポーツだ。かつては八百長問題や暴力問題も取りざたされ、相撲界にいや気がさしたこともあるが、「相撲」そのものに対する思いに変わりはない。物や道具に頼りすぎないスポーツの世界が日本にはあることを誇りにさえ思うことである。相撲が国技と称される所以もここにあるのかもしれないと思うことだ。


     

  • 2020年02月04日執筆
  • コロナウイルス

    今年も暖冬のせいか梅の開花も随分と早い。境内の早咲きの梅は一月中旬にはすでに咲き始めていた。例年からすれば10日ほど早いことになる。この分だと2月下旬には全ての梅が咲きそろい「観梅会」の頃にはすっかり見ごろを過ぎてしまうのではないかと心配している。

    さて、年が明けてひと月あまり。世間の話題に尽きることはないが、とりわけ新種コスモウイルスの話題には無関心ではいられない。ましてや人から人への感染が現実のこととなると不安と恐怖が倍増し、神経質になってくる。

    やがて日本でオリンピックが開かれる。大きな経済的効果を見込んでのオリンピックでもあろうが、まずは安心、安全の日本を来日者に提供することが必須であることを忘れてはならない。一日も早い終息が願われるところである。さてさて大変な一年の幕開けとなったことだ。


     

Contact

お問い合わせ

0584-62-5722

岐阜県大垣市墨俣町墨俣211